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La pioggia porterà le violette di maggio

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"La pioggia porterà le violette di maggio"
『雨が降れば5月にスミレの花が咲く』(仮題)
Autore: Matteo Corradini
Lapis 2017, 113pp

ISBN: 978-8878745438
小学校中学年向け読み物

 クララの好きなものはクラリネットとボーイフレンドのサムエル。10歳の誕生日に、古道具屋で見つけたという古いクラリネットを両親からプレゼントされた。90年くらい前に作られたものだという。
 サムエルからもらったバースデーカードの隠し場所を探していて、クララはクラリネットのケースのなかに黄ばんだ手紙があるのを見つけた。サムエルという男性からクララという女性へのラブレター。自分と同じクララという名前の女性にサムエルと同じ名前の男性がラブレターを送っていることに興味をもち、このクララという女性が誰なのか調べようと決める。
 兄のパヴェルとそのバンド仲間の車に乗せてもらって、クララは両親がクラリネットを買った古道具屋を訪ねる。さらに、古道具屋にクラリネットを売ったロシア人、パンと交換にロシア人にクラリネットを譲ったユダヤ人の少年、手作りのおもちゃのトラックとクラリネットを交換したユダヤ人の男性、その弟……。クラリネットに関係した人物をひとりひとり訪ねながら、最初の持ち主に少しずつ近づいていく。最後に行き着いたのは、第二次大戦中にナチス・ドイツがテレジーンに置いていたユダヤ人ゲットー。そこでかつて何が行われていたか、クララとサムエルはどうなったかを知るのだが……。
 物語の舞台はチェコ。作者はイタリア人だが、ヘブライ学者で、ホロコーストに関する調査・研究を行っている。
 タイトルはベニー・グッドマンの “Don't Be That Way” の歌詞より。クララが見つけたサムエルからクララへの手紙に引用されている。

L'estate che conobbi il Che

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"L'estate che conobbi il Che"
『チェ・ゲバラを知った夏』(仮題)
Autore: Luigi Garlando
Rizzoli 2015, 179pp
ISBN: 978-8817080040
小学校高学年向け読み物
★2016年IBBYオナーリスト

 2014年夏。チェーザレの関心はW杯ブラジル大会でイタリアが活躍することだけ……のはずだった。
 チェーザレは、家具製造会社の代表取締役の父さん、有名な外科医の母さん、経済学を学ぶ大学生でファッションブロガーの姉さん4人で郊外の15部屋あるプール付きの邸宅で何不自由なく暮らしていた。丘の向こうには家具職人だったおじいちゃん(父さんの父さん)が住んでいる。父さんとおじいちゃんには何か確執があってほとんど顔を合わせなかったが、チェーザレはしょっちゅうおじいちゃんに会いにいっていた。
 夏休み初日に迎えたチェーザレの12歳の誕生日パーティーには学校のクラスメートだけでなく、近隣に住む同年代の男の子たちを大勢招待していた。けれど、パーティーには数人しか来なかった。親友のレオが来てくれたので気にしないことにしたが、おじいちゃんが現れないのは気になった。おじいちゃんは毎年誕生日には必ず顔を出してくれて、木で素晴らしいものを作って届けてくれるのに。
 パーティーのあと、自転車でおじいちゃんの家に行ったチェーザレはおじいちゃんが救急車で運ばれるところを目撃する。おじいちゃんの肩にひげを生やした男のタトゥーがあることに気づいた。最初、イエス・キリストの肖像画かと思ったが、調べてみて、チェ・ゲバラという人物だと知る。でも、チェ・ゲバラでとは?
 おじいちゃんは幸い一命を取りとめたが、しばらく入院することになった。チェーザレは家族に内緒で毎日おじいちゃんに会いに病院まで行き、おじいちゃんはチェーザレにチェ・ゲバラの生涯について話してくれる。アルゼンチンの裕福な家庭に生まれ、医者をめざしていたチェ・ゲバラが、なぜ革命を志すことになったのか……?
 一方、近年、北欧の家具メーカーに押されて、お父さんの会社は業績が落ちていた。近隣の子どもたちの親はほとんど、チェーザレのお父さんの会社に勤めている。大幅なリストラが続いていることに腹を立て、自分の子どもたちを誕生日パーティーに行かせなかったのだった。家に長く勤める庭師の息子も解雇され、抗議のハンガーストライキを始めた。
 イタリアの経済不況がチェーザレの生活に暗い影を落とし、おじいちゃんは病に倒れ、楽しみしていたW杯ブラジル大会でイタリアはまさかの一次リーグ敗退してしまうという散々な夏。しかし、そんななか、おじいちゃんを通してチェ・ゲバラという人物を知ったことで、チェーザレは自分以外の人たちの生活に目を向けられるようになる。ちぎれるような痛みと引き換えに子ども時代に別れを告げる、ひと夏の成長物語である。


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Lora e io

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"Lora e io"
『ロラとわたし』(仮題)
Autore: Chiara Valentina Segré
Illustratore: Paolo Domeniconi
Camelozampa 2012, 32pp
ISBN: 978-8896323052
絵本
★2015年IBBY障害児図書資料センター推薦図書

 ロラはわたしのいちばんのともだち。
 こうえんのまえにある すてきなアパートで
 いっしょにくらしています。


 ラブラドール・レトリバーとその友だちである若い女性と日々の生活が淡々とつづられます。公園で散歩をして、おいしいものを食べたり、市場で買い物をしたり、土曜の夜に映画を見たり、海岸まで小旅行をしたり……。食べ物や音楽の好みがちがうので、ときにはけんかをすることもあるけれど。
 実は女性は大人になってから視力を失った視覚障害者で、黒いラブラドール・レトリーバーはそのパートナーなのですが、ハーネスをつけていないので、盲導犬であることは最後までわかりません。盲導犬を理解するため、あるいは視覚障害者の生活を理解するための絵本というよりは、犬と人間の友情を描いた絵本として楽しみたいと思います。
 絵が美しく、思わず引き込まれます。見開き2ページの絵から物語が聞こえてきます。

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※動画による作品紹介あり。

La maglia del nonno

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"La maglia del nonno"
『おじいちゃんのユニフォーム』(仮題)
Autore: Gabriella Genisi
Illustratore: Eleonora Marton
Biancoenero Edizioni 2012, 32pp
ISBN: 978-8889921654
★2015年IBBY障害児図書資料センター推薦図書

 おじいちゃんは昔はラジオでサッカーの実況中継をしていて、イタリア中の人たちがおじいちゃんのことを知っていた。おじいちゃんの部屋には今でもサッカー選手のユニフォームがいっぱい飾ってあって、イグナツィオはおじいちゃんもおじいちゃんの部屋も大好きだ。
 忙しいお父さん・お母さんに代わって、おじいちゃんが毎日イグナツィオを学校まで迎えにきてくれる。ある雨の日、いつものようにおじいちゃんと一緒に家に帰ろうとしていて、おじいちゃんは道がわからなくなってしまった。雨が降っていたせいだと思っていたけれど、少しずつおかしな言動が増えていく。イグナツィオは心配になって、お父さん・お母さんに相談する。
 アルツハイマー型認知症を発症したおじいちゃんの姿を孫の男の子の視点で描いている。最初は戸惑うが、少しずつ子どもみたいになっていくおじいちゃんを受け入れる。おじいちゃんのモデルはイタリアで有名なジャーナリストで、ラジオのサッカー中継で人気を集めたイグナツィオ・スキーノ氏(アルツハイマー型認知症を患った後、2008年に死去)。
 本書は「ディスレクシアに配慮している本」として2015年IBBY障害児図書資料センター推薦図書に選ばれた。あいまいな表現を避けるなど、文章や語彙に気をつかっているほか、パラグラフを短くして行間を空け、リズミカルに読めるように文章の長さ(文末の位置)を不揃いにし、読みやすいフォントを採用し、目が疲れないようにクリーム色の紙を使用している。

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Camilla che odiava la politica

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"Camilla che odiava la politica"
『政治が大きらいだったカミッラ』(仮題)
Autore: Luigi Garlando
Rizzoli 2008 (2004初版), 272pp.
ISBN: 978-8817024266

 カミッラの人生は2つのりんごに分かれている。甘いりんごと虫に食われたりんご。甘いりんごは父さんがいたころ。虫に食われたりんごは今。
 カミッラの父さんは市長だった。大学時代の恩師が首相となり、請われるまま国政に携わるようになったが、汚職に巻き込まれ、カミッラが6歳のとき、失意のまま獄死した。それから6年が過ぎ、父さんは市民から泥棒呼ばわりされ、ストレスもあって太ってしまったカミッラは、クラスの男子のいじめに遭っている。いじめの首謀者は現市長の息子、ジャンピ。父親の権力を傘にやりたい放題で、報復が怖いため、みんなジャンピの言いなりである。いじめに屈しないカミッラはよけいにいじめられていた。
 学校からの帰り道、ジャンピたちのいじめにあっていたカミッラは、犬や猫を連れたホームレスの老人に助けられる。最初は礼をいうつもりなどなかったが、思い直して礼を言いに行く。アリストテレと名乗るその老人と少しずつ親しくなり、政治についての講義を受ける。父さんを失ってから、政治は大きらいだったカミッラだが、悪いのは政治ではなく、それを行う人間なのだと悟る。そんなころ、父さんの思い出の公園を、市長がごみ処理場にしようとしていることが判明する。
 父さんを泥棒呼ばわりしたマスコミを名誉棄損で訴えているため、弁護士への報酬で家計は火の車。母さんは疲れ果てて気力を失い、小学校に上がったばかりの弟は学校で問題ばかり起こす。獄死した政治家の遺された家族のこんな生活が、12歳の少女カミッラの視点で語られる。
 テーマは政治。アリストレはカミッラに、身近な事柄になぞらえてわかりやすく説明する。教室の机をどう並べるか。そんなことを決めていくのも政治なのだ。政治について学ぶことで、父親の獄死というトラウマを乗越え、父の死の真相を知り、自分自身と家族の未来を切り開いていく。

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Per questo mi chiamo Giovanni

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"Per questo mi chiamo Giovanni"
『ぼくがジョヴァンニと名づけられた理由』(仮題)
Autore: Luigi Garlando
Burextra (Rizzoli) 2012 (2004初版), 168pp
ISBN: 978-8817055772

 ジョヴァンニの10歳の誕生日、父さんはジョヴァンニに学校を休ませ、車で連れ出す。ジョヴァンニと同じ名前の裁判官、ジョヴァンニ・ファルコーネゆかりの場所に立ち寄りながら、父さんはファルコーネの話を語り始める。
 マフィアと真っ向から戦って暗殺されたジョヴァンニ・ファルコーネの人生が、父親から息子に語られる。マフィアに目をつけられ、命を狙われるようになってからは、関係ない人を巻き込まぬよう、映画を見に行くこともレストランで食事をすることもあきらめ、常にボディガードに付き添われ、まるでかごの鳥のような生活を送っていた。だが、シチリアの人々にとって、マフィアは必ずしも悪ではなく、自分たちの生活を守ってくれる存在だと信じる人も少なくない。ファルコーネがいるせいで安心して暮らせないと愚痴をもらす近所の女性。ファルコーネがマフィアのボスを逮捕し、ボスが経営する工場が閉鎖されたために職を失ったと抗議する人たち。警察や政治家にもマフィアと通じている者がいる。同じ志を持つ仲間が次々と消されていき、母親は心労から病気になり、亡くなってしまう。それでもファルコーネはマフィアに屈しなかった……。
 ジョヴァンニにマフィアの話をしながら、父さんは世の中をジョヴァンニの学校にたとえ、マフィアをクラスメートのトーニオになぞらえる。落第を繰り返したトーニオはみんなより3つ年上。父親は刑務所に入っている(おそらくマフィア関係者だと思われる)。トーニオ自身も乱暴者で、ほかの子の物を奪い、抵抗する者は暴力で押さえつけていた。だが、先生は見て見ぬふり。ジョヴァンニも距離を置いていたが、ファルコーネの行動に勇気を得て、トーニオに立ち向かう決意をする。
 父さんも父さんが経営しているおもちゃ店にも、実はマフィアと関係する秘密があった。シチリアの人たちとマフィアとの結びつきの強さに愕然とするが、それを断ち切ろうとする人たちも確かにいる。この本が最初に出版されたのは2004年。8年を経て、ジョヴァンニの姉、マリアの序文が添えられた新しい版が出た。漫画版も出版されており、この事実がジョヴァンニ・ファルコーネの物語が風化されていないことを物語っている。

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Pizza Tandori: Nina e Jaya, sorelle per forza

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"Pizza Tandori: Nina e Jaya, sorelle per forza"
『タンドーリ・ピッツァ ニーナとジャヤ、しかたなく姉妹になる』(仮題)
Autore: Annalisa Strada
Illustratore: Luisa Montalto
Edizioni Piemme 2011, 180pp
ISBN: 978-8856618716

 お父さんとお母さんが離婚したため、ニーナと弟ルーカはお母さんと3人で暮らしている。お父さんとはときどき電話で話し、たまに会うので、母子家庭もそう悪くないと思う。体操教室で一緒で、同じ中学校に通うジャヤはインド出身。偏見もあって、お互いの第一印象は最低だった。絶対に仲よくなれないと思っていたが、たまたま入ったケーキ店で、インド人だという理由でジャヤが店主からひどい扱いを受けるのを見て憤りを感じたニーナは、思わず手助けをしてしまった。
 話してみるとニーナとジャヤには共通点が多く、気が合うことがわかり、ふたりは急速に親しくなる。ジャヤのお母さんは数年前に事故で亡くなり、貿易商のお父さんと幼い弟、ベビーシッターと4人暮らしだった。
 お互いの家に行き来するようになったある日、ニーナのお母さんとジャヤのお父さんが付き合っていることが発覚する。実はニーナとジャヤが知り合う前から、ふたりは仕事を通じて交流があったのだ。ニーナとルーカはお母さんに見捨てられたように感じ、ジャヤはお父さんがお母さんを裏切っているように感じ、ひどく腹を立てる。3人は結託し、何とかしてふたりの仲を壊そうと試みるが……。
 出版社の紹介文を読んで、多国籍家族のドタバタコメディを想像していた。ユーモラスな描写はあるが、独身となった親の恋愛・結婚に直面した思春期の子どもたちの複雑な心情がリアルに描かれていて、いい意味で裏切られた。
 ニーナたちはそれぞれお母さん・お父さんに腹を立て、いろいろと悩むが、最後は大好きなお母さん・お父さんの幸せを第一に考えるようになる。離婚したお母さんやお父さんが新しい恋をして再婚する物語や、自分の親と友だちの親が再婚する話はそう珍しくもないかもしれないが、片方の家族がアジア出身の外国人、ベビーシッターがウクライナ人女性という点に、現代的な味付けがされている。
 イタリアでは第4作まで出ている。シリーズ・タイトルのタンドリー・ピッツァは、ウクライナ人のベビーシッター、イリーナが考案したインド風のピッツァ。

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Non sono una bambola!

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"Non sono una bambola!"
『お人形じゃないから!』(仮題)
Autore: Gigliola Alvisi
Edizioni EL 2011, 154pp
ISBN: 978-8847726994

 ルクレツィアはミラノに住む13歳の女の子。NATOのパイロットである父親は背が高くてハンサム、元モデルの母親は美人でスタイルがよく、友だちの羨望の的。自他ともに認める完璧な両親だった。夏休みが近づくある日、両親から、弟か妹が生まれると告げられる。その後、体調を崩した母が入院し、父は仕事でブリュッセルへ行かねばならず、夏休み中ひとりで過ごすわけにはいかないため、ルクレツィアはこれまで存在すら知らなかった父の妹、マリエラおばさん一家の下で夏休みを過ごすことになる。
 訪れたのは南イタリア・プーリア州にある、おばさん一家がひと夏を過ごす海辺の家。家族はおばさんの夫であるトニーノおじさんと18歳から2歳の4人の男の子。食事も生活の時間帯もミラノとは違い、ルクレツィアは戸惑うことばかり。だが、マリエラおばさんの料理はおいしいし、おじさんは優しく、いとこたちも長男アルフォンソ以外は気さくで、ルクレツィアはすぐに打ち解けていく。
 アルフォンソだけは最初からルクレツィアに冷ややかで、憎悪に満ちた目を向けていた。なぜ自分をそんな目で見るのか。自分が何をしたのか。耐えかねたルクレツィアはアルフォンソに聞くと、アルフォンソの口から、思ってもみなかった言葉が飛び出す。おまえの父親が人殺しだからだ……と。
 ローティーンの女の子が自分を変えたひと夏を振り返るという形で一人称で書かれ、父や母、友人たちからのメールが挿入されている。北から来た女の子が〈異文化〉に戸惑いながら馴染んでいく様子や、次男ジュゼッペが自分の友人の誰かとルクレツィアをカップルにしようと画策する様子など、ユーモラスな描写が多い。ただ、アルフォンソがルクレツィアの父親を憎んでいた理由は少々肩すかしで、これが原因でルクレツィアの一家とマリエラおばさんの一家が数年間関わりを断つことになるほどのことには感じられなかった。その後の展開もご都合主義に感じられた。
 ルクレツィアは空手の茶帯という設定で、暴漢を〈巴投げ〉で倒し、いとこたちに得意技〈腰車〉を披露するが、〈巴投げ〉も〈腰車〉も柔道の技である。作者は柔道と空手の区別もできないらしい。イタリア人読者だけを想定して書いているなら、これで十分なのだろうが(ちなみに、〈巴投げ〉はイタリア語版ウィキペディアにもページがある)。ラスト近く、ジュゼッペの台詞に日本人としては許しがたい語句があり、読後感はきわめて悪かった。
 タイトルは、南イタリアに行ったルクレツィアがいとこやその友だち、近所の人たちから「バービー人形みたい!」「生きたバービー」とやたら言われることにうんざりしたことから。
 2011年バンカレッリーノ賞候補作。

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Diario in corsa

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"Diario in corsa"
『走る日記』(仮題)
Autore: Chiara Carminati
Illustratore: Costanza Favero
Einaudi Ragazzi 2009, 184pp
ISBN: 978-8879267410

 小学校4年生のわたしは、母さんが旅行しているあいだ、イリーナおばさんの家でお世話になっている。おばさんはやさしいけれど、ちょっと過保護。危ないからって学校へは車で送り迎えする。でも、ようやくスクールバスで通っていいって言ってくれた! 将来ジャーナリストになる予定のわたしは、スクールバスに乗りながら、毎日起きる出来事を記録する。
 バスにはいろいろな子が乗っている。一番後ろの席を占領している、態度の悪い5年生(最上級生)3人組。自分の身体よりも大きなリュックを背負った1年生。ふたごの女の子。わたしは、いつも同じバス停から乗る、自転車オタクで不思議な雰囲気の5年生の男の子と親しくなる。
 ある日、わたしは、墓地の近くのバス停にだれか立っているのを見る。でも、運転手はバスを止めず、だれもいなかったと言う。バス停にいたのは幽霊だったのだろうか?
 物語の舞台になっているのは都市部でなく郊外もしくは田舎で、子どもたちは学校まで親に車で送ってもらうか、スクールバスに乗って通うことになっている。
 主人公がバス停で見かけたのは幽霊ではなくロマの女の子ミリアムで、ふたりは親しくなる。ほかの子はミリアムに対して一定の距離を置き、盗難事件が起きると、まずミリアムが疑われるなど、ロマに対する根強い差別や偏見を感じる。そもそも、運転手がバスを止めなかったのも、バスはロマのためのものではないという、運転手の偏見によるものだった。ちなみにスークルバスの運転手は3人いて、強面で子どもたちに恐れられている運転手が実は一番頼りになって、人は見かけで判断してはいけないとか、差別・偏見はよくないといった、わかりやすいメッセージが込められている。わかりやすすぎる、さらっとしすぎているという感はあるが、このページ数では仕方がないかもしれない。
 ちなみに、主人公の名前は最後まで出てこない。
 作者キアーラ・カルミナーティは2012年のイタリア・アンデルセン賞作家賞を受賞し、2016年国際アンデルセン賞作家賞の候補となった。

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La ragazza della foto

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"La ragazza della foto"
『写真の少女』(仮題)
Autore: Lia Levi
Illustratore: Desideria Guicciardini
Edizioni Piemme 2014 (初版2005), 240pp.
ISBN: 978-8856639957
※このレビューは2005年版を元に書かれています。

 ローマ解放60周年記念写真展に、フェデリーカそっくりの女の子の写真が。それもそのはず、映っていたのは13歳当時のフェデリーカの祖母、テレーザだった。テレーザは昔のことは話したくないと、戦争中のことは実の娘であるフェデリーカの母にも一切話したことがなかったが、戦争中に亡くなったテレーザの父が実はレジスタンスとして活動していたことをもらす。興味を持ったフェデリーカは、このことを中学校での研究発表のテーマに選び、テレーザにインタビューする。
 ファシズム政権下のローマ。13歳のテレーザは市役所で働いている父マウリツィオが、ひそかにレジスタンスとして活動していることを知る。幼なじみのピエトロはマウリツィオを手伝っているのに、自分は手伝わせてもらえないのがくやしい。ある日、誰かの密告を受けて警察が家宅捜索にやってきたが、テレーザが機転をきかせて証拠書類をすばやく隠したおかげで、事なきを得た。これをきっかけに、自分も仲間と認められた気がしたテレーザだったが……。
 フェデリーカの視点から一人称で語られる章、テレーザの視点で三人称で語られる章、フェデリーカとテレーザ2人の視点で三人称で語られる章の3つの部分で構成されている。テレーザが昔のことを話したがらなかった理由となっていた謎は、最後に解明される。
 巻末の解説によると、テレーザの父、マウリツィオは実在の人物だという。テレーザも実在しており、ロベルト・ロッセリーニの映画『無防備都市』に着想を与えた人物だそうである。第2次大戦下のイタリアは非常に複雑で、ローマが解放されてから戦争が終結するまで1年あまりを要し、実は死者の多くはこの期間に亡くなっているのだと知った。この本だけを読むと、レジスタンスが正義で、ファシストが悪のような印象を受けるが、実際はそれほど単純ではないようで……。あらすじでは割愛したが、マウリツィオの同僚の若い青年がたびたびテレーザの家を訪れる。ファシストを父に持ち、脚に軽い障害を持つこの青年の心情は複雑で、一枚岩ではない当時のイタリアの様子が垣間見られる気がした。
 テレーザへのインタビューをまとめてレポートを作成したフェデリーカが、複数の先生相手に口述諮問を受けるくだりがある。まるで大学生の卒論審査のようなので驚いた。

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